情報通信を円滑に利用できるために電波の環境を守るEMC技術は、社会インフラとしての情報通信技術を支えていますが、「測る技術」がその基礎となっています。
注目されにくい「測定・評価」技術
―EMCグループの仕事について教えてください。
福永 EMC(Electromagnetic Compatibility)は、電磁両立性又は電磁(環境)適合性とも言われるように、電子・電気機器が発する電磁妨害波が、周囲のシステム・機器などに影響を与えず、同様にほかのシステム・機器から電磁妨害を受けても、その影響を受けない耐性のことです。例えば、条件によっては、PCなどの情報通信機器から出てしまう電磁妨害波が放送や通信に影響を与えたり、逆に携帯電話に用いられる電磁波が、医療機器等に影響を与えたりする可能性がありますが、このようなことがないようにするために、測定・評価・対策の研究を行い、技術基準の策定と円滑な運用に寄与する──それがEMCグループの仕事です。ふだんは注目されることは少なくて、問題が発生すると表に出されるポジションとも言えます。
―縁の下で支えている感じですね。
福永 そうですね。私自身が担当している情報通信機器のモノとしての信頼性は更に陽が当たらない分野です。既に情報通信ネットワークは、電力線などに匹敵する社会インフラなので、同じくらいの信頼性評価がなされるべきなのですが、新機能、コスト面ばかりが重視され、例えば基地局・交換機用部品の不良や故障は交換して済めば原因まで追求されないことが多いです。
―モノの信頼性評価は材料の特性を測るということですか。
福永 情報通信機器(モノ)の信頼性は、それを構成する材料の、使用環境での特性に依存します。電源周りなら直流や50/60Hz、信号線路なら使われている周波数での特性を測ることが重要です。EMCグループが属している電磁波計測研究センターは、電磁波を使って地球環境、宇宙環境を計測するグループが主ですので、「測る」ことがテーマの研究センターです。材料評価は、産業界に直結した内容が多く、新材料開発も含めてNICTの研究成果を多くの皆様に使ってもらえるようにすることも重要な仕事です。
―具体的な例をあげていただけますか。
福永 携帯電話の安全性評価に用いられる模擬人体用の液体がその例ですね。携帯電話の説明書にあるSAR(Specific Absorption Rate:比吸収率)は、人型の容器に、頭部と同じ電気特性を持つ液体を入れ、携帯電話を使用した状態にして、液体内の電界強度を測定して算出されます。その液体を開発し、商品化につなげました。
―NICTで最初に開発されたのですか。
福永 海外メーカー提供の若干異臭のある製品は試験システムと一緒に輸入されていました。しかし、無公害・無臭で温度特性などにも優れた国産品を作ろうということで、NICTで基礎検討を行い実用化のめどをつけ、NTT-ATが実際に商品化し、今ではTELEC(財団法人 テレコムエンジニアリングセンター)をはじめ、国内外で広く使われています。
―ほかにも実用例がありますか。
福永 通信衛星など宇宙飛翔体用材料の内部帯電性、絶縁材料の長期信頼性評価システム、高周波誘電特性の評価と新材料開発、1GHz以上のシールド特性評価装置などいろいろありますね。現在、注力しているのが、非破壊検査法として世界的に大ブレイクの予感のある、今年の3月号巻頭インタビュー(先端ICTデバイスグループ寳迫グループリーダー)でも紹介されたテラヘルツ(THz)波です。
高まるテラヘルツ帯への期待
―ルネサンス絵画の材料解析は、広く話題になりました。
福永 美術好きの私にとって、夢の仕事ですね。テラヘルツ帯が分光に使えることや、その特徴を聞き、X線でも赤外線でも見えない、テンペラ画の構造が見えそうだと思いました。2006年の年末ごろに西洋古典絵画材料と修復材料のスペクトルを一気に取ってデータベースにし、公開したところ世界中に広がりました。絵画の修復家の「これが見たかった」という言葉が何より嬉しかったです。
―テラヘルツ帯を知ってもらう格好の宣伝になりましたね。
福永 この未開拓な周波数帯は、通信への利用も進むと思われますが、まず分光やイメージング技術として、広がると思います。まだ「見えた」だけの段階なので、これを文化財だけでなく汎用の非破壊検査技術として、様々な産業に応用できるよう、機構内外の専門家の協力を得ながら進めていきたいです。もう「テラヘルツ帯は使える」ことは確実なので、あとはユーザーを増やし、それぞれの対象にあった技術に育てて行く道筋をつければ、放っておいても汎用化すると思っています。
―今後の抱負をお聞かせください。
福永 マイクロ波以上の高周波帯域での、汎用の誘電絶縁材料の評価・測定技術というのは、まだ国際的な規格ができていないんです。材料を開発する側はGHzは別世界、使う側は材料特性が温度や湿度によって変わることなど設計には入れていない、そういう状況です。情報通信機器のモノとしての信頼性にもEMC設計にも必要な材料評価法を確立していく、ということが当面の課題です。すごく地味ですが、地味な仕事をかっこ良くやっていくつもりです。
―ありがとうございました。
福永 香(ふくなが かおり)
電磁波計測研究センター EMCグループ 研究マネージャー
大学院修士課程修了後、藤倉電線(株)(現(株)フジクラ)入社。1994年通信総合研究所(現 NICT)に入所、誘電絶縁材料の高周波特性及び信頼性評価法、ミリ波テラヘルツ波の非破壊検査への応用に関する研究に従事。博士 (工学)。
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