東京電力福島第一原発で増え続ける汚染水。複数の装置で処理されてタンクにたまる水は約120万トンにのぼる。海に放出して処分する案も出ているが、水の約7割は法令の放出基準の濃度を超えている。そもそもどうなっているのか。

 汚染水のおおもとは、1~3号機の原子炉建屋で溶け落ちた核燃料の冷却のために注がれている水だ。核燃料に触れた水は、セシウムストロンチウムトリチウムなど63種類の放射性物質が溶け込み、高濃度の汚染水になる。事故当初は冷却に海水を使ったため、カルシウムやナトリウムなど海水由来の成分も含まれる。タービン用の油なども混じっている。

 悩ましいのは、増え続けることだ。冷却に使う水は循環させ、なるべく汚染水を増やさないようにしているが、建屋の破損した部分などから地下水や雨水が流れ込み、新たな汚染水が生まれてしまう。1日に増える量は2014年5月には540トンもあった。地下水のくみ上げや雨水の浸透を防ぐ対策で抑えているものの、昨年度でも1日平均180トン増えている。

 事故直後は、増え続ける汚染水を別の建屋や急ごしらえのタンクで保管するしかなかった。当時、汚染水処理に携わった電力中央研究所の小山正史・首席研究員によると、米スリーマイル島原発事故で発生した汚染水放射性物質の種類や濃度はよく似ているという。「ただ、水の量が桁違いに多い。さらに、多く含まれた海水が、金属の腐食を進め、放射性物質の除去を妨げてしまう。処理システムの設計は難しかった」と話す。

 現在の処理の流れはこうだ。

 建屋内の汚染水はまず「セシウム除去装置」にかけ、放射線の大半を占めるセシウムストロンチウムの濃度を下げる。次に「淡水化装置」で、淡水と、塩分や放射性物質を含む濃縮水に分離。淡水は核燃料の冷却に再び使い、濃縮水は「多核種除去設備(ALPS〈アルプス〉)」に通す。ここで、トリチウム以外の核種をほとんど取り除き、環境中に放出してもよいとされる法令の基準値(告示濃度)以下にする。

 トリチウムは三重水素とも呼ばれ、化学的性質は水素と同じ。水の状態で存在するため除去が難しいが、体内に入っても排出されやすい。放射線は微弱で、紙一枚でさえぎることができ、外部被曝の影響も小さい。

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 ALPSは、汚染水処理の「切り札」として2013年3月に導入された。それなのに、ALPSを通った処理済み汚染水の約7割が放出基準を超えるのは、様々な理由で性能を発揮できない時期があったからだ。

 ALPSの導入当初は、セシウム除去装置でセシウムだけが除かれた高濃度の汚染水があちこちに貯蔵され、廃炉作業を阻んでいた。この水が放つ放射線で、敷地境界の線量は基準の約10倍にもなっていた。そこで東電は、濃度を下げることよりも、高濃度の水をとにかく早く減らすことを優先。処理の「質」より「量」をとった。

 ALPSは、0・5ミリ程度の細かな粒状の吸着材が詰まった管に汚染水を通すことで、放射性物質を除去する。核種に合わせて吸着材を選び、複数の吸着塔を順に通すしくみだ。東電は、吸着材の交換にかかる時間を節約するため、15年ごろまで交換頻度を下げていた。使い続けた吸着材は性能が落ちるため、除去が不十分になった。

 処理済みの水の中には、告示濃度の約2万倍のものもある。これは、部品の劣化によるトラブルが原因だった。

 ALPSの一部には、吸着を妨げる成分をあらかじめ薬品で沈殿させて取り除く前処理の工程があるが、14年3月、この前処理で発生する高濃度のストロンチウムを含んだ泥状の沈殿物が流れ出し、処理済みの水に混ざってしまった。設計にあたった東芝エネルギーシステムズの福松輝城さんによると、沈殿物をろ過するフィルターのパッキンが高い放射線で劣化し、隙間ができてしまったのが原因という。「腐食との戦いだった。放射線や海水成分、処理に使う薬液などによる影響が想定以上だった」と振り返る。

 ヨウ素など除去しづらい放射性物質も吸着材の交換頻度を高めるなどして、濃度を下げられるようになった。東電によると、19年4~12月に満水になったタンクを調べると、トリチウム以外に告示濃度を超えた水はなかった。

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 東電は、海に放出する場合、再びALPSなどで処理して放出基準以下にした「処理水」を流す考えだ。ただ、いくら処理しても、取り除いた放射性物質が消えてなくなるわけではない。使用済みの吸着材や沈殿物として残り、強い放射線を放つ廃棄物となる。

 6月4日時点の廃棄物量は、ALPS由来のものだけで約9千立方メートルに上る。中でも、前処理で生じる沈殿物は泥状なので、容器の劣化などで漏れるリスクが高い。脱水処理で安定化させる研究が進められており、22年度にも始まる見込みだ。

 こうした廃棄物を最終的にどうするかは、まだ決まっていない。電力中央研究所の井上正・名誉研究アドバイザーは「現在の処理システムを続ける限り、放射性廃棄物も増え続ける。汚染水の発生量を減らすことが課題だ」と話す。(藤波優)

 <物質ごとに告示濃度> 告示濃度は、放射性物質を海や大気に出しても健康への影響がないとされる基準値で、原子炉等規制法に基づき核種ごとに決まっている。70歳まで毎日約2リットルの水を飲み続けても被曝線量が年1ミリシーベルト以下になる濃度などを算出する。原発などの廃水は基準以下に薄めて海に流している。