教育 荒川区は、なぜ小中学生にタブレットを配布するのか?
日時:7月31日(木曜日) 午後6時30分~8時30分
場所:アルカディア市ヶ谷(私学会館)
司会:榎並利博氏(富士通総研 経済研究所主席研究員)
講師:西川太一郎氏(荒川区長)
コメンテーター:上松恵理子氏(武蔵野学院大学 准教授)
*荒川区教育委員会の駒崎彰一氏と菅原千保子氏に、現場で実施している内容について、質疑応答時にお答えいただいた。
<西川氏の講演内容>
タブレットPCの導入は、当初、一昨年にスタートできるよう準備を進めていたが、教育委員会の申し出により時期が遅れた。それは、学校現場のベテランの先生方に、研修が必要であったためである。しかし、今はベテランの先生方はこれまでの経験を生かしタブレットPCの効果的な活用を始めている。
荒川区は、小中学生は12,000名と小規模である。このことが、導入の際には逆のスケールメリットがあったと考えられる。
まずは、電子黒板を導入するところから始めた。先生方にはデジタル教育の技術に慣れてもらい基礎的な学びでこれらのツールを用いて実りのある教育を行えるよう、校長先生たちにお願いした。当初、授業で電子黒板を扱うことが嫌だと思った先生は多く、効果があると思った先生は30%しかいなかった。しかし、電子黒板にあわせデジタル教科書のネットワーク配信を導入して一年が経った頃、効果的に分かりやすい指導ができたと答えた先生が96%になった。
タブレットPCの導入は「一番のり効果」を狙った。「一番のり効果」は、予算の縮減をもたらした。端末は、リースで5年間契約であり、当初総額40億円を超える見積もりであったものが10億近く縮減することができた。
タブレットPC導入前に、学校図書館の充実に着手した。柳田邦男氏(ノンフィクション作家)、永井伸和氏(学生時代の仲間で、鳥取・島根で書店を経営している)らの指導のもと、蔵書数は、文部科学省の学校図書標準、東京都の学校平均蔵書数を軽く超えている。西川氏自身、子どもの頃、本はいくらでも読んでいいと家族に言われていた。そういった経験から、「読みたい本を読めない子どもをゼロにしたい。」という思いがあった。教育への思いの原点である。
また、各学校に非常勤職員として学校司書を雇用した。また、大規模校には補助員も置くようにしたのである。
一方で、「学校パワーアップ事業」として校長の予算裁量権を拡大した。区内の全ての小中学校校長に、それぞれ年間180万円を、校長の裁量で自由に使っていい予算として設定している。全国でこのような予算を組む自治体は他にはない。用途としては、伝統文化を教えるために、琴や三味線、お茶の御手前、御師匠様を招聘して授業を行うといったことなど様々な使い方が広がっている。
また、荒川区は豊かな家庭ばかりではない。議会では、タブレットPCに何億円ものお金を使うなら、「貧しい子どもに文房具を配れないのか?」、「学校給食を全て無償化できないのか?」といった意見があった。豊かな家庭もあるが、23区中24番目と過去に言われたこともある。それほど貧しく、特徴のない区であった。
しかし、今、荒川区は、財政力も23区中上位で、全国でも上位に位置している。
国立社会保障・人口問題研究所の社会保障応用分析研究部長 阿部 彩 氏はこう言っていた。「教育は投資である。この投資は、必ず戻ってくる投資である。今ある格差を公費でならして、貧しい家の少年少女は、機会均等で読みたい本が読めるようになる。」
福沢諭吉が明治4年に、岩倉使節団等での経験を踏まえ、学問のすすめを著した。これは、教育の格差はあってはならない。どんな村であっても、文字が読めない人がいてはいけない、学校へ行けない人があってはいけない…という思いを込めたものである。
結果的に、人を育てることの情熱、貧富の差があってはいけないという思いが、タブレットPC導入を決定した。
<上松氏のコメント>
一時の流行ではなく、哲学を持ってタブレットPCの導入を決定されていると感じた。世界の導入事例を見ても、日本は先進国に比べると、とても遅れている現状がある。端末を配ることで先生が喜んで使えば教育現場が変わる。その時代に応じたスキルや能力が必要になってきているので、学習者である児童生徒にとって、よいスパイラルになるのではないかと期待している。
韓国では、2000年から端末だけではなく通信費も貧困家庭に配っている。親の年収に沿って恵まれない子どもには通信費を配するという取り組みは、韓国の教育科学技術部やKERISなどのHPに記載されている。
<西川氏の補足>
授業では効果的なところはどこなのかを考えて使っている状況である。子どもたちのリテラシーを育てて行こうという取り組みも進めている。小学校1・2年生は蔵書から学ぶ。3年生からはローマ字を学ぶため、電子百科事典やこども向けのポータルサイトでインターネットを利用することを想定している。中学生になった時点で、フィルタリングなしで扱うことができるように、カリキュラムを準備している。子どもたちが学習ツールとして適切に、主体的に使えるよう準備をしている。いわゆる21世紀型スキルを身に着けることが目標である。PISA調査の協調型問題解決能力に照準を合わせていきたい。最終的なイメージは試行錯誤中である。日本の学習指導要領に合わせたものを考えていきたい。
<駒崎氏コメント>
授業では、ずっとタブレットPCを使うのではなく、効果的な場面で使っている状況である。
また、子どもたちのリテラシーを育てて行こうという取り組みも進めている。特に調べ学習では、小学校1・2年生は学校図書館の蔵書から調べる。3年生からはローマ字を学ぶため、電子百科事典やこども向けのポータルサイトでインターネットを利用することを想定している。中学生になった時点で、主体的かつ適切にネット検索ができるように、段階的なカリキュラムを準備している。つまり、子どもたちが学習ツールとして適切に、主体的に使えるよう準備をしている。
最終的には、いわゆる「21世紀型スキル」を身に付けさせることが目標である。PISA2015年調査の「協調型問題解決能力」に照準を合わせていきたい。試行錯誤しながら取組を進めている。日本の学習指導要領に合わせた取組を進めていきたい。
<上松氏のコメント>
日本中でタブレット端末を配る状況になると、教員研修があちこちで行われるようになるだろう。北欧では、子どもたちが自分で考えて使うことができるような指導を行うための、教員研修を行っている。教員研修は、一斉に教師が指導を受けるというものではなく、内容は、ディスカッションや、提案といったものである。教員研修自体もそういった形態であるため、普段の授業においても先生が統制するやり方ではなく、子どもたちが自分たちで考える。デジタルの特性を活かすことが大事だと考える。
<質疑応答>
Q(質問):学校現場では校長の理解があったとされているが、どのようにご理解いただいたのか?
A(回答):段階的な導入を進めた。まずは、電子黒板から始め、指導者用デジタル教科書を導入したことで、教員がわかりやすい授業をできるようになった。このことは、校長が一番わかっている。また、タブレットPC導入には、まったく抵抗がなかった。段階的に導入することで順調に進むことが見えてきた。
Q:荒川区報ジュニア版の区民や保護者の反応はどうなのか?
A:そもそもタブレットPCのために作った印刷物ではなく、以前から2ヶ月に一度発行している。このように、子ども向けに広報誌を出しているところは全国どこにもない。発行には年間600万円かかっている。はじめは、こどもが道端に捨てていったりしたケースもあったが、家庭に持ち帰る子どもから情報を得たおじいちゃんおばあちゃんが、今では圧倒的な読者となり、孫と共通の話題を話せると言われている。
Q:研修について。今までは、先生の役割は知識の伝達が主だった。ICTが入ることで、ファシリテーターの役割も出てくるのではないだろうか?
A:最終的には、教員がファシリテートを行う姿になる。現在、教員研修では、機器の使い方に関する内容を全く行っておらず、先生方には、こういった授業ができるというイメージを徹底的に見せている。機器の使い方は、常駐しているICT支援員に質問するよう伝えている。ICT支援員の任期は一年間である。機器の使い方は、とにかく使ってみて、わからないことを支援員に聞くよう勧めている。
それと共に、21世紀型育成スキルの研修も実施する予定である。一方的に教え込むのではなく、プロジェクト型で先生方が意見を出し合いながらまとめていく形態で、来週初めて実施する予定だ。今後、タブレットPCが子供たちの学習ツールになったとき、教員の役割は、ファシリテートになるだろう。
Q: アメリカではiPadの事例が多い。荒川区では、富士通製を導入するようだが、その背景は?
A:結果として、Windowsタブレットになった。最終的な決め手は、コンピュータ室をなくす想定であるためである。キーボードを取り付けられるようにすることで、情報活用能力の育成を目指す。
<西川氏のコメント>
全国に普及することについて。単一自治体に補助金はいらない。
自治体に補助するよりも、各メーカーに対して開発支援をし、端末の単価を下げる努力をお願いしている。
首長に教育現場からの理念を教えてくれたのは、校長という存在。校長を無視しては、絶対にできない。校長の現場の経営を踏まえ、体得されている思いを聞く首長がいなければ、タブレットPC導入は、実現できなかっただろう。区長と教育現場が意思を通じ合っている区は、他にはないと思う。タブレットPC導入は、校長と教育委員会をターゲットにしないとうまくいかないだろう。
Q:例えば、佐賀県武雄市では、算数と理科に教科を絞り、いわゆる反転学習を行っている。予習で動画を観て、確認テストをタブレットPCにて実施するといった使い方である。荒川区ではどのように使っているのか?
A:基礎基本はしっかり教え込むものとして、従来の「読み・書き・計算」は重要。
教育委員会からは、タブレットPCの使い方の指示は出していない。教師や子どもたちの発想を大切にしている。
例えば、中学校の数学では、先生がコンパスで作図をしている様子をタブレットで録画し、生徒たちに配信する。何度も再生が可能であるため、生徒は自分のペースで反復学習を行うことが可能になる。また、体育の長距離走において、ストップウォッチで記録を行っていたが、ICT支援員と協力して数値を入力することで、一周ごとのラップタイムがわかるようになった。
これらは全て、教員の授業力にかかっている。ベテラン教員は経験値があるので、いろいろな授業のデザインをもっている。タブレットを介して、教員同士のコミュニケーションも広がっている。
また、学習に課題のある児童、いわゆる発達障害がある子が、集中して取り組むことができるといった結果もある。タブレットPCにカメラ機能が付いているので、実技教科での活用が広がっている。動きを伴うものは比較して見ることができる。
Q:聾学校の生徒は、質問するときにうまく伝えることができない。英語を日本語、日本語を英語にするアプリをベースに、京都の情報通信機構にて、日本語から日本語に変換してくれるアプリを作成してもらったことがある。これは、預けた財布を返してくださいと言えず、2時間歩いて帰った人がいたことが発端である。この技術は、伝えるというツールとして、おじいちゃんおばあちゃんにも使えるのではないか。
A:ご提案をまっすぐ受け止めていきたい。荒川区は、東京ではじめて手話を独立した言語としての法整備を、国に求めた唯一の自治体である。本件は、福祉・障がい者のための政策課長に伝えたい。荒川区では、コミュニケーションボードを作っている。災害時のあらゆる場面を想定した、折り返し20ページくらいのものである。指でさせば、トイレはどこですか?お水は?といったことを聞くことができる。主な目的は、障害を持つ方のために作ったものであり、特許を取るようすすめられたりもしたが、これは、どこでもだれでも使ってもらうことが大事なのではないかと考えている。
Q:トラブルが起きたとき、ICT支援員が対応されていると思うが、彼らがいないと円滑に進められないのではないか?また、支援員の育成はどのように行っているのか?
A:ICT支援員は、いなくてもおそらくできると考える。
また、トラブルは間違いなくある。学校環境は、一斉アクセスするタイミングが多々あり、数台は止まってしまうことがある。すべてICT支援員が解決しているのではなく、教員は、常に授業の副案を用意している。支援員がいればある程度のトラブル解決はできる。今、支援員にお願いしているのは、トラブルシューティングをまとめることである。支援員には、授業支援に強い人間と、機器対処に強い人間の二種類に分類できる。教員とのコミュニケーションを図りながら対応を進めていく。
また、子どもたちの端末が繋がらないときは、再起動で解決できることが多いため、モジュールリセットボタンをつくってもらった。こういった工夫を行っている。
<上松氏のコメント>
フューチャースクールの例を学校で取り入れたら、日本ほど支援員を置いているところはないと言われるだろう。そういう状況は、教員のスキルがとても低いか、システムが壊れやすいか、といった理由しか考えられない。韓国では支援員は教員資格を有しており、各学校に一名いる。教員である支援員が研究授業や時間割のコーディネートを行っている。現場の課題として、教員免許がない支援員の必要性を重要視する例は世界的には稀である。それよりも、これは普段の授業で普通に使えるようなもので良いので、教員のICTスキルをつけるべきである。
また、二つの課題がある。ひとつは、これまでの知識注入型の授業であればよいが、タブレットを導入することで、授業時間1コマ45分や50分では足りなくなるだろうということ。もうひとつは、教科の枠を越えた授業が必ず出てくるだろうということである。これは、一教員の立場ではどうにもし難いことである。
<西川氏のコメント>
首長の決断だけでは、うまくいかない。先進事例等を充分に把握した事務局職員(指導主事)がいない自治体では、なかなかうまくいかないと考える。