@吹田市
寺伝によれば、仁寿3年(853年)文徳天皇の勅により円仁(慈覚大師)が草創。 観世音菩薩は文徳天皇の念持仏と伝え、貞観12年に清和天皇が行幸されて秘仏と定める。 元慶6年には陽成天皇が病気回復を祈願し、日光・月光の脇士を寄進したという。 寛平6年(894年)宇多天皇の勅命により、醍醐寺の聖宝理源大師が入寺。 不動・毘沙門二天を護摩堂に安置。これより真言の道場となる。 寺坊は山田全域に建てられ、円実坊・十地坊など十余の僧坊があり、観音堂・奥院に奉仕していた。
応仁の頃(1467年~1469年)細川氏の家臣、香西玄蕃が山田庄中村に一城を構え寺領を横奪し伽藍を破壊。 円実坊阿闍梨覚玄が残った諸仏像を草堂に祀り、一村本願寺顕如に帰依した時期も小堂に諸仏を安置されていた。 ようやく、万治年間(1658年~1661年)に法仰覚祐が領主板倉阿波守の助力で再建する[1]。
平成8年(1996年)、鐘楼・地蔵堂・観音堂を新築する。
ならす↓数
鐘 朝 6:00 6回+2回
昼 11:30 6回+2回
夕 5:30 6回+2回 10月まで
5:00 6回+2回 11月から