クチナシ(梔子、巵子、支子、学名: Gardenia jasminoides)は、アカネ科クチナシ属の常緑低木である。庭先や鉢植えでよく見られる[3]。乾燥果実は、生薬・漢方薬の原料(山梔子・梔子)となることをはじめ、様々な利用がある。
名称[編集]
和名クチナシの語源には諸説ある。果実が熟しても裂開しないため、口がない実の意味から「口無し」という説[3][4][5]。また、上部に残る萼を口(クチ)、細かい種子のある果実を梨(ナシ)とし、クチのある梨の意味であるとする説[3]。他にはクチナワナシ(クチナワ=ヘビ、ナシ=果実のなる木)、よってヘビくらいしか食べない果実をつける木という意味からクチナシに変化したという説もある。
漢名(中国植物名)は山梔(さんし)である[6]。日本では漢字で、ふつう「梔子」と書かれるが、「口無し」が正しいとする説もある[7]。
別名、ガーデニアともよばれる[8]。花にはジャスミンに似た強い芳香があり[9]、学名の種名 jasminoides は「ジャスミンのような」という意味がある[8]。
分布・生育地[編集]
東アジアの中国、台湾、インドシナ半島に広く分布し[7]、日本では本州の静岡県以西・四国・九州、南西諸島の森林に自生する[10]。野生では山地の低木として自生するが、むしろ園芸用として栽培されることが多い[10]。
形態・生態[編集]
樹高2 - 3メートル (m) ほどの常緑の低木[3][10]。葉は対生で、時に三輪生となり、長楕円形で全縁、長さ5センチメートル (cm) から12 cm、皮質で表面に強いつやがある[10]。筒状の托葉をもつ。
花期は6 - 7月で、葉腋から短い柄を出し、一個ずつ芳香がある花を咲かせる[10]。花の直径は5 - 8 cmで[8]、開花当初は白色だが、徐々に黄色がかるように変化していく[10][8]。萼、花冠の基部が筒状で、先は大きく6裂または、5 - 7片に分かれる[3][10]。花はふつう一重咲きであるが、八重咲きのものもある[7]。
秋(10 - 11月)ごろに、赤黄色の果実をつける[3]。果実は液果で、長さ約2 cmの長楕円形[8]、側面にはっきりした5 -7本の稜が突き出ており、先端には6個の萼片が残り、開裂せず針状についている[10][11]。多肉の果皮の中に90 - 100個ほどの種子が入っており、形は卵形や広楕円形をしている[11]。液果は冬に熟す[11]。
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イワカワシジミの食痕がある果実(沖縄県宜野湾市、2008年12月)
スズメガに典型的な尻尾(尾角)をもつイモムシがつくが、これはオオスカシバの幼虫である[12]。奄美大島以南の南西諸島に分布するイワカワシジミ(シジミチョウ科)の幼虫は、クチナシのつぼみや果実等を餌とする[13]。クチナシの果実に穴が開いていることがあるが、これはイワカワシジミの幼虫が中に生息している、または生息していた跡である。
栽培[編集]
温暖地でやや湿った半日陰を好む[10]。繁殖は梅雨時期に挿し木にて行われる[10]。冬期は、ビニール覆いをするなど、乾燥と寒さを防ぐ[10]。種蒔で繁殖する場合は、実を潰して種子を取り出し、春か秋に蒔く[10]。
人家周辺に栽培されることが多いが、クチナシを植えるとアリが来るといって敬遠する例もある。品種改良によりバラのような八重咲きの品種も作り出されている。
利用[編集]
果実にはカロテン、イリノイド配糖体のゲニポシド、ゲニポシド酸、フラボノイドのガーデニンや、精油などを含んでいる[3]。カロテンはプロビタミンAとも呼ばれ、人間の体内で吸収されてビタミンAに変化する[14]。また、果実にはカロチノイドの一種・クロシンが含まれ、乾燥させた果実は古くから黄色の着色料として用いられた。また、同様に黄色の色素であるゲニピンは米糠に含まれるアミノ酸と化学反応を起こして発酵させることによって青色の着色料にもなる。
薬用[編集]
果実を水で煮だしたエキスには、胆管や腸管のせばまりを拡張させる作用があるといわれている[3]。10 - 11月ころに熟した果実を採取し、天日または陰干しで乾燥処理したものは、山梔子(さんしし)または梔子(しし)とも称され、日本薬局方にも収録された生薬の一つである[3][6]。漢方では、消炎、利尿、止血、鎮静、鎮痙(痙攣を鎮める)の目的で処方に配剤されるが、単独で用いられることはない[3][10]。煎じて黄疸などに用いられる。黄連解毒湯、竜胆瀉肝湯、温清飲、五淋散などの漢方方剤に使われる。1日量2 - 3グラムの乾燥果実を400 ccの水に入れて、とろ火で半量になるまで煎じて服用する用法が知られている[6]。妊婦や、胃腸が冷えやすい人への服用は禁忌とされている[15]。
民間では、打撲、捻挫や腰痛などに、乾燥果実(山梔子)5 - 6個の粉末(サンシシ末)に、同量の小麦粉を混ぜて酢で練り、ガーゼなどに厚く塗って冷湿布し、乾いたら交換するようにしておくと、熱を抑えて炎症が和らぐと言われる[3][10]。これに、黄柏末(キハダ粉)を加えると、一層の効果があるとされる[3][10]。
着色料[編集]
乾燥果実の粉末は、無害の天然色素として[7]、正月料理の栗金団をはじめ、料理の着色料としても使われている[3][9]。食品に用いられるものには、サツマイモや栗、和菓子、たくあんなどを黄色若しくは青色[16]に染めるのに用いられる。大分県の郷土料理・黄飯も色づけと香りづけにクチナシの実が利用される。また、繊維を染める染料にも用いられる。クチナシの果実に含まれる成分、クロシンはサフランの色素の成分でもある。一例として、インスタントラーメンの袋などの原材料名の記載欄に明記があれば、「クチナシ色素」と書かれている[5]。
食用[編集]
クチナシの花は食用にもでき、萼を取り除いて軽く茹で、三杯酢や甘煮などに調理できる[3]。
生け花[編集]
クチナシの花は、見た目の美しさと香りが抜群によいため、生け花の切り花として使われる[9]。
文化[編集]
「三大芳香花」の一つに数えられる植物で、渡哲也のヒット曲『くちなしの花』で、その香りが歌われている[17]。多くの人が親しみを感じている植物であり、日本の多くの「市の花」に選ばれている[5]。埼玉県八潮市、静岡県湖西市、愛知県大府市、奈良県橿原市、沖縄県南城市などで「市の花」としている[5]。
足つき将棋盤や碁盤の足の造形は、クチナシの稜のある果実を象っている[4]。「打ち手は無言、第三者は勝負に口出し無用」、すなわち「口無し」という意味がこめられている[4][18]。
脚注[編集]
- ^ “Flora of Japan”. 2014年1月23日閲覧。
- ^ 米倉浩司・梶田忠 (2003-). “Gardenia jasminoides Ellis”. BG Plants 和名−学名インデックス(YList). 2014年1月23日閲覧。
- ^ a b c d e f g h i j k l m n 田中孝治 1995, p. 138.
- ^ a b c 辻井達一 2006, p. 196.
- ^ a b c d 田中修 2009, p. 128.
- ^ a b c 貝津好孝 1995, p. 28.
- ^ a b c d 平野隆久監修 1997, p. 96.
- ^ a b c d e 亀田龍吉 2013, p. 93.
- ^ a b c 辻井達一 2006, p. 198.
- ^ a b c d e f g h i j k l m n o 馬場篤 1996, p. 48.
- ^ a b c 鈴木庸夫・高橋冬・安延尚文 2018, p. 90.
- ^ 森上信夫、林将之『昆虫の食草・食樹ハンドブック』文一総合出版、2007年、46頁。ISBN 978-4-8299-0026-0。
- ^ 福田晴夫、二町一成「イワカワシジミ」『鹿児島県の絶滅のおそれのある野生動植物 : 鹿児島県レッドデータブック. 動物編』鹿児島県環境生活部環境保護課企画・編集、鹿児島県環境技術協会、2003年、225頁。ISBN 4-9901588-0-6。
- ^ 馬場篤 1995, p. 138.
- ^ 貝津好孝 1995, p. 138.
- ^ ねとらぼ "青いひやむぎ爆誕"を参照のこと。なお、この冷麦の産地は兵庫県播州地方で「揖保乃糸」で知られている。
- ^ 田中修 2009, pp. 127–128.
- ^ 田中修 2009, pp. 128–129.
参考文献[編集]
- 貝津好孝『日本の薬草』小学館〈小学館のフィールド・ガイドシリーズ〉、1995年7月20日、28頁。ISBN 4-09-208016-6。
- 片野田逸朗『琉球弧・野山の花from Amami : 太陽の贈り物』大野照好監修、南方新社、1999年、153頁。ISBN 4-931376-21-5。
- 亀田龍吉『木の実の呼び名辞典』世界文化社、2013年9月15日、93頁。ISBN 978-4-418-13433-5。
- 島袋敬一編『琉球列島維管束植物集覧』九州大学出版会、1997年、改訂版、435頁。ISBN 4-87378-522-7。
- 鈴木庸夫・高橋冬・安延尚文『増補改訂 草木の 種子と果実』誠文堂新光社〈ネイチャーウォッチングガイドブック〉、2018年9月20日、90頁。ISBN 978-4-416-51874-8。
- 田中修『都会の花と木』中央公論新社〈中公新書〉、2009年2月25日、127 - 129頁。ISBN 978-4-12-101985-1。
- 田中孝治『効きめと使い方がひと目でわかる 薬草健康法』講談社〈ベストライフ〉、1995年2月15日、138頁。ISBN 4-06-195372-9。
- 辻井達一『続・日本の樹木』中央公論新社〈中公新書〉、2006年2月25日、196 - 198頁。ISBN 4-12-101834-6。
- 馬場篤『薬草500種-栽培から効用まで』大貫茂(写真)、誠文堂新光社、1996年9月27日、48頁。ISBN 4-416-49618-4。
- 平野隆久監修『樹木ガイドブック』永岡書店、1997年5月10日、96頁。ISBN 4-522-21557-6。
- 茂木透写真『樹に咲く花 合弁花・単子葉・裸子植物』高橋秀男・勝山輝男監修、山と溪谷社〈山溪ハンディ図鑑〉、2001年、318 - 319頁。ISBN 4-635-07005-0。
関連項目[編集]
外部リンク[編集]
- "Gardenia jasminoides J. Ellis". Germplasm Resources Information Network (GRIN). Agricultural Research Service (ARS), United States Department of Agriculture (USDA). 2014-01-23閲覧. (英語)
- Gardenia jasminoides J. Ellis, ITIS, http://www.itis.gov/servlet/SingleRpt/SingleRpt?search_topic=TSN&search_value=35163 2014年1月23日閲覧。 (英語)
- "Gardenia jasminoides". National Center for Biotechnology Information (NCBI). (英語)
- "Gardenia jasminoides" - Encyclopedia of Life (英語)
クチナシの基本情報
学名:Gardenia jasminoides
和名:クチナシ(梔子)
科名 / 属名:アカネ科 / クチナシ属
クチナシとは
特徴
クチナシは梅雨どきに大型で純白の6弁花を咲かせて強い香りを漂わせ、秋には橙赤色の果実をつけます。この果実は黄色の染料として利用され、また漢方では山梔子(さんしし)として用いられていますが、熟しても裂開しません。つまり口が開かないことから「クチナシ」の和名がつけられたとされています。ただし、庭木としてよく栽培されているクチナシは、大型の花で八重咲きのオオヤエクチナシ(別名ヤエクチナシ、英名ガーデニア)が多く、こちらは花は豪華ですが実はつけません。近縁種に樹高30~40cmの低木で地表を這うように枝が横に広がるコクチナシや葉が丸いマルバクチナシなどがあります。
基本データ
園芸分類 | 庭木・花木 | ||
---|---|---|---|
形態 | 低木 | 原産地 | 本州(東海地方以西)、四国、九州、沖縄 |
草丈/樹高 | 1~2m | 開花期 | 6月~7月 |
花色 | 白 | 栽培難易度(1~5) | |
耐寒性 | やや弱い | 耐暑性 | 強い |
特性・用途 | 常緑性,半日陰でも育つ,香りがある,乾燥を嫌う | ||
種類(原種、園芸品種)
-
コクチナシ
Gardenia jasminoides var. radicans樹高が30〜40cmで枝がよく分岐して横に開く樹形になる。葉は細長く、花は小さい。八重咲きの品種もある。 -
マルバクチナシ
Gardenia jasminoides var. maruba葉が丸い。 -
ヤエクチナシ
Gardenia jasminoides f. ovalifolia花が大きく八重咲きで香りが強い。花木として植えられているクチナシの多くは、ヤエクチナシである。
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