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スーザン・マーガレット・ボイル(Susan Margaret Boyle、1961年4月1日 - )は、スコットランド出身の女性歌手。スコットランド中部のウェスト・ロージアン州在住。
概要 [編集]
イギリスのスコットランド中部のキリスト教のルルドの聖母教会でボランティアをしていて求職中。 学習障害があり、学校ではいじめを受けていた。彼女は両親と一緒に生活をしていたが父親が90年代に亡くなった後、彼女は母親の面倒をみていた。2007年に母親が91歳で亡くなった後は、猫のペブルス(Pebbles)と一緒に暮らしている。
生前の母親の助言から、2009年に歌を披露することを決意したことが、彼女の人生を一変させることになる。
2009年12月24日、NHKは同年大晦日の紅白歌合戦にゲストとして初来日し出演した。
ブリテンズ・ゴット・タレント [編集]
2009年4月11日に放送された[1]イギリスのオーディション番組「ブリテンズ・ゴット・タレント」第3シーズンの初回に出場し、ミュージカル女優のエレイン・ペイジのようなプロの歌手になりたいと語ったところ、その年齢や容姿と夢の大きさのギャップに会場からは失笑が漏れ、審査員も呆れた表情を見せていた。
しかし、ミュージカル「レ・ミゼラブル」の挿入歌「夢やぶれて(I Dreamed A Dream)」を歌い始めると、その卓越した歌唱力を披露し最初のワンフレーズで空気は一変。審査員は驚きの表情を見せ、歌に聞き入り、観客は大きな歓声と拍手を贈った。会場はスタンディングオベーションとなり、審査員もその実力を認め、三人全員が「イエス」の評定を下し、最高の賛辞を贈った。
この番組の模様がYouTubeなどの動画配信サイトに転載されると、9日間で1億回を超える視聴回数を記録し[2]、全世界から注目され、さらにはNHKなど日本メディアにも報じられた。その週のうちにアメリカ・CNNの人気番組「ラリー・キング・ライブ」にも出演し、CDデビューの話も進められた[3][4]。容姿のさえない中年女性のドリームストーリーへの興奮は国境を越え、時代の社会現象のレベルに達している。世界的な反響にともない「SuBo」という愛称もついた。 また、番組内での「独身でキスをされたことも一度もない」という発言が注目されたが、その後の取材で「あれは冗談よ。今一人身だということを大げさに言っただけよ。」と笑って答えていた。
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I know what they were thinking but why should it matter as long as I can sing? It’s not a beauty contest, (みんながどう思っていたかは分かっている。けど、歌えればいいんでしょ?ミスコンじゃないんだから。) |
” |
—スーザン・ボイル(サンデー・タイムズ紙[5]より) |
また、スーザンがネット上で話題になったことにより、1999年に学校で販売したチャリティーCDにボイルが収めた歌声も発掘された[6]。曲目は「Cry Me a River」で、その完成度の高さについてニューヨーク・ポスト紙は「もはや一発屋の域にはない」と論評している。このチャリティーCDは当時1000枚しかプレスされなかったため、貴重なコレクターズ・アイテムとして注目を集めている。
2009年5月24日、同番組の準決勝でミュージカル「CATS」の「メモリー」を披露し、視聴者投票による1位で通過し、5月30日の決勝進出枠を勝ち取る。
2009年5月30日、今までにない過度の緊張もあってか、同番組の決勝で予選と同じく「夢破れて」を披露するも2位に終わり、ダンスグループ「Diversity」が優勝した。優勝者が発表された後スーザンは、「最高のパフォーマンスが勝ちました」とDiversityを称賛した。決勝後は、疲労により緊急入院した。
番組後は、サイモン・コーウェルがレコード契約を申し出ようとしているとの噂も流れている。
2009年8月には、デビューのために今までのトレードマークであった髪型を整え、ロンドン西部に移住した[7]。
ディスコグラフィー [編集]
アルバム [編集]
- 映画『秘密結社鷹の爪 THE MOVIE3 http:// 鷹の爪.jpは永遠に』主題歌。「鷹の爪」監督のFROGMANは、彼女の映像が当時YouTubeでアップされた時期から観ており、それに感銘を受けこの作品の脚本を書き、更にデビューが決まった段階で大至急主題歌として「夢やぶれて」を使わせてほしい、とオファーしたことを公言している。
日本盤ボーナストラックとして『翼をください Wing To Fly」の英語カバーを収録。
脚注 [編集]
外部リンク [編集]